F1日記
Last Updated '01/07/31
F1に対する感想・熱意・意見などを作者が徒然なるままに書込みます.
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- '01/07/31
- 夢と散った兄弟GP
-
ドイツGP.ドイツ人にとってはホームGP.ドイツ人といえばシューマッハー.
今年はミハエルだけでなくラルフも一皮剥けてくれた(祝脱包茎)
そんなこんなで盛り上がらないわけがないドイツGP.
そこで兄弟が1−2決めて表彰台にあがろうもんなら盆と正月が8月と1月に来
るようなもんです.
ストレートで早いBMW.
そうそう,ホンダはどうした?ホッケンハイムと言えばエンジンサーキット.
そこでホンダは無類の強さを発揮していたはず.それがそれが同時に復帰したB
MWにてんで歯が立たない.川本元社長も言っていたけど,燃費云々よりもスト
レートで負けているようじゃぁどうする?!
ホンダエンジンを積んだチームは予選で一桁グリッドも取れないありさま.こん
なんでいいのか?
BMWはちゃんと1−2グリッド独占.しかもぶっちぎり.レースもどんどん先
にいくBMW.
そのBMW.ピットストップで時間ロス.ここで燃えましたねぇ.ラルフとミハ
エルの1−2が完成.このまま行ってくれれば....
その瞬間.ミハエルが止まってましたねぇ.悲しかったッスねぇ.チャンピオン
争いを考えるとポイントが取れなかったことも非常に痛いが,それ以上に母国G
Pでの兄弟1−2が見れなかったのは痛い.期待していたのに.
リタイアした兄.なんとパドックへ帰らずずっとコース脇でレースが終わるのを
待っている.こりゃファンサービスとしかないでしょう.ラルフはきっと優勝す
る.そのウィニングランでラルフの車に乗ってパレード.観客は総立ち.ミハエ
ルがリタイアしたせめてもの罪滅ぼしにそう考えていたと安易に想像できます.
弟がウィニングランで走ってくる.「サムアップ」で答える兄.
なんと弟は止まらず通過.(笑)
その後の記者会見で弟は兄が待っていたのを知らずに勝利に酔いしれていたらし
い.バツの悪い兄.結局ベネトン(確か)に乗っかって帰ってきて一目散に弟の
もとへ.
Fポン時代からもそうであったがどっか抜けてる弟.それぐらい計算できなけりゃぁ
まだまだチャンプは遠い.まだまだ兄には適わない.
そんなことを思わせるGPであった.
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